親の老いに気づいた瞬間、時間が止まった気がした
いつもと同じ会話のはずだった。
なのに、ふと気づいた。
声が少し小さくなっている。
笑うときの表情に、かすかな疲れが混じっている。
その瞬間、時間が止まったように感じた。
現実だけが静かに先へ進んで、自分だけが取り残されたような感覚だった。
目次
1. 変わらないと思っていた存在
親は“いつまでも同じ”だと思っていた。
困れば助けてくれる人。
文句を言いながらも最後は支えてくれる人。
その変わらなさこそが、
どこか安心の象徴だった。
けれど、誰でも歳を取る。
頭では知っていても、
その事実を目の前で突きつけられると、
言葉が出ないほど静かな衝撃が走る。
2. 小さな違和感の積み重ね
立ち上がるのが少し遅くなった。
食事の量が減った。
テレビの音量が、以前より少し大きい。
そんな小さな変化が、
“老い”という現実の輪郭を浮かび上がらせる。
でもその違和感を、
誰かに話すほどの言葉にはできない。
「そういうものだろ」と自分に言い聞かせて、
目を逸らしながら日常を続けるだけだ。
3. それでも、日常は続く
老いを意識したところで、
劇的に何かが変わるわけじゃない。
朝は来るし、同じ食卓が並ぶ。
会話のテンポも、沈黙の長さも、ほとんど変わらない。
だけど、その“何も変わらない時間”が、
急に愛おしくなる。
あと何回、こうして話せるんだろう。
そう思うたび、
心の奥で静かに時間が鳴る。
4. できることは多くない
特別な言葉も、立派な行動もいらない。
ただ、少し話を聞く。
少しだけ一緒にいる。
それで十分だと思う。
老いを悲しむことよりも、
今そこにある“静かな時間”を大切にできることのほうが、たぶん価値がある。
まとめ
親の老いに気づく瞬間は、
自分が大人になった証でもある。
あの日、止まったように見えた時間は、
実はゆっくりと前に進んでいた。
その流れの中で僕たちは、
気づかないうちに “別れの準備” を始めているのかもしれない。


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